自分の中にもう一人の力持ちがいる。

  ホーム >> RSS >> 「やる氣の健康学」シリーズ1 第2回「一本のひも」

RSS

  メイン  |  簡易ヘッドライン  

link GDIブログ・げん氣の扉 GDIブログ・げん氣の扉 (2017/3/30 10:00:33)

feed 「やる氣の健康学」シリーズ1 第2回「一本のひも」 (2011/4/20 10:15:55)
div class_='wiki'私は元気になりたいときは、温泉に入るのですが、その時に思い出す話があります。br / モーパッサンの短編小説に「一本のひも」という話があります。br / /divbr / div class_='wiki'ある農夫が、あるとき村の混雑するマーケットで一本のひもを拾うのです。ちょうど、その日のそのあたりで財布をなくした人がいたのです。そして、何かを拾った農夫が疑われる羽目になったのです。br / /divbr / div class_='wiki'近くの町の警察まで連れて行かれますが、そこで拾った一本のひもを取り出して見せたのですが、それでも信じてもらえませんでした。br / ところが、翌日財布は見つかり、同時にぬれ衣も晴れるのです。人々は農夫にあらぬ疑いを掛けたことをけろりと忘れてしまうのです。br / /divbr / div class_='wiki'しかし、その農夫だけは違っていました。以後、長い年月を彼は畑を耕す事を忘れ、一本のひもを拾って、ぬれ衣を着せられたこと、ひどい仕打ちにあったことを人々に話し続けたのです。br / /divbr / div class_='wiki'最後に死ぬ時も、農夫は一本のひものために人生を無駄にしたことを嘆きながら、さびしく息を引き取ったという話です。農園は荒れ放題になっていました。br / /divbr / div class_='wiki'自分だったら、そんな“ひもきれ”など拾いはしないと思うかもしれません。しかし、本当に一本の“ひもきれ”も拾っていないと言い切れるでしょうか。というのは、わたしたちは、知らず知らずのうちに何本ものひもを拾い、後生大事に抱え込んで、やる氣を失っている事が多いのです。br / /divbr / div class_='wiki'前に働いていた会社での不平不満をその後の人生でも話し続けたり、「上司がもう少し、わたしの能力を認めてくれたなら・・・」とか、子どもが「先生の教え方が悪いから、国語や数学が嫌いになった」とか、「あの人が、もっとわたしの気持ちをわかってくれたら、こうはならなかったのに」などといろいろなひもを拾っている内に、だんだんやる氣を失っていくのです。ひもが首にまとわりつき、息苦しくなり、最後には息が出来なくなってしまうのです。br / /divbr / div class_='wiki'そこで、そうしたひもを思い切って捨ててしまい、「よし、今日もやるぞ!」と自分を励ましてみると、日曜日でも朝からやる氣が起きます。br / /div

execution time : 0.045 sec